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萩原健一は4度逮捕されていた!?不倫や恐喝、暴行まで!?若いころもやばい!?

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昭和のスター俳優でありながら、カリスマ的な人気を得ていたロックシンガーでもあった萩原健一さん。

「ショーケン」の愛称で親しまれていますが、数々の事件で逮捕された過去があるそう…

と言うことで今回は萩原健一さんについて調べてみました!

萩原健一

本名: 萩原 敬三(はぎわら けいぞう)
生年月日: 1950年7月26日
出生地: 埼玉県北足立郡与野町(現・同県さいたま市中央区)
血液型: O型
職業: 俳優・歌手

経歴

萩原健一さんの現在までのアウトローな人生は中学時だいから始まっていました。

萩原健一さんは1950年7月26日に埼玉県北足立郡与野町で誕生。

萩原健一さんの実家は鮮魚店で、兄が二人、姉が二人いるそうですが、それぞれ父親が違うそう。

萩原健一さんの父親は母親が鮮魚店を開店する際に援助してくれた男性で、結婚していたわけではないそう。

萩原健一さんは小学校時代から成績が悪く、石原裕次郎の大ファンでした。

その後、東京都荒川区の聖橋中学校に上がると不良グループに加入。

萩原健一さんは中学時代から不良グループの中で酒やタバコ、そして女を覚えたそうで、喧嘩に明け暮れていました。

萩原健一さんは学校をサボって映画館に行くことが多く、ずっと入り浸っていたことから後に映画監督を目指すようになりました。

不良グループで日々悪友たちと遊んでいた萩原健一さんは、お金が無くなると母親の鮮魚店から勝手にお金を盗んで遣っていました。

萩原健一さんの後の愛称である「ショーケン」が生まれたのはこの頃で、六本木のトムスというバーによくたむろしていた「ダイケン」と「チューケン」というふたりの不良と喧嘩をした際に、懐に包丁を忍ばせていったことから度胸を買われて「ショーケン」というあだ名をつけられました。

聖橋高校に進学した萩原健一さんは芸能界デビューのため1年生で中退。

スカウトから芸能界デビュー

萩原健一さんは不良グループで遊ぶ中で歌うこともしていたのだと思いますが、16歳で歌手デビュー。

16歳の頃に埼玉県大宮市でスカウトされて、当時に人気グループだった「ザ・スパイダース」の弟分的なバンドだった「バンドザ・テンプターズ」のボーカリストとしてデビューしました。

『神様お願い!』『エメラルドの伝説』などのヒット曲によりそのカリスマ性に火がついて爆発的に人気を集めます。

その後同バンドは解散しましたが、萩原健一さんは井上堯之さんや沢田研二さんなどの5人とロックバンド「PYG(ピッグ)」を結成。

ライブ活動やロックフェスティバルやテレビなど多数に出演。

しかし、萩原健一さんはかねてより興味があった映画監督になるために音楽活動をセーブしていくようになりました。

萩原健一さんは映画監督を目指して助監督を務めていた頃に、ちょっとあって俳優をすることになりました。

萩原健一さんは1972年製作の松竹映画『約束』で助監督を務める予定でしたが、主演の俳優が急遽降板となったため代役として俳優を務めます。

萩原健一さんは演技の才能もあったため、映画『約束』で俳優として高評価を得て、本格的に俳優として活動していくようになります。

そして、萩原健一さんが憧れていた石原裕次郎さんが主演を務めたドラマ『太陽にほえろ!』に初代新人刑事のマカロニ役で出演し、一躍全国的な知名度を獲得して大ブレーク!!

それから数々の映画やドラマに出演しました。

大麻所持で逮捕

萩原健一さんのカリスマ性が女性を惹きつけたのか、かなりのモテぶりを発揮していました。

離婚や破局の波乱続きで心をすり減らしていたのか大麻不法所持で逮捕されます…

1983年4月20日に大麻不法所持で逮捕されて、懲役1年・執行猶予3年の有罪判決を受けてしまいました。

この事件を起こしたことで萩原健一さんは芸能界から干され、約1年間に表舞台から姿を消します。

人身事故で逮捕

1984年に大麻不法所持で逮捕された翌年には飲酒運転と人身事故という最悪のセットで逮捕されてしまい書類送検されてしまいます(・・;)

罪状は業務上過失傷害罪でした。

 記者を暴行

萩原健一さんと倍賞千恵子さんは1985年公開の映画『恋文』で共演したことがきっかけで交際に発展。

この頃倍賞千恵子さんはアントニオ猪木さんと婚姻関係にありました。

萩原健一さんは同年11月に週刊誌から倍賞千恵子さんとのツーショット写真を暴露されました。

激怒して撮影した記者や編集者に暴行を加えて逮捕、書類送検されてしまいました。

そして、倍賞千恵子さんは夫・アントニオ猪木さんと離婚して萩原健一さんを選びました…

猪木さん可哀想ですね(・・;)

しかし、この頃に萩原健一さんは同時に世界的バイオリニストと言われた前橋汀子さんとも交際、その後女優の石田えりこさんとも浮気したことから倍賞千恵子さんと破局。

凄まじいプレイボーイですね(^_^;)

その関係も事実婚状態にありましたが、関係を破棄。

その後、萩原健一さんは1996年から2006年までヘアメイクアーティストの女性と交際します。

 恐喝で逮捕

萩原健一さんは2004年まで事件を起こさずにきましたが、同年10月に2件の事件を起こします。

まず、2004年10月に交通事故を起こしてしまい業務上過失傷罪で現行犯逮捕されました。

そして撮影が進行していた萩原健一さんの主演映画『透光の樹』で、監督、スタッフ、共演者など関係者への暴言や暴行があまりに酷かったため強制降板。

プロデューサーからは前払いしていた出演料の半額である750万円の返還を求められました。

しかし、萩原健一さんは「一方的に降板させられた」と激昂して返還を拒否。

さらに、残りの750万円の支払いを求めてプロデューサーに電話をかけ、実在するやくざ組織の名前を挙げて脅迫まがいの言葉を留守電に残しました!

そして、萩原健一さんは同年11月に映画製作サイドから告訴されてしまい、翌年2月に萩原健一さんは恐喝未遂容疑で逮捕。

萩原健一さんは脅迫した事実は否定していましたが、留守電に録音された音声を聞かされて認めました。

そして、萩原健一さんはこの事件により2005年6月に東京地裁から懲役1年6ヶ月・執行猶予3年の有罪判決を受けています。

そして2019年3月26日に68歳で死去しています。

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